感じたこと、ひとこと

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2010年02月27日

今アイデアパンチではいろいろな取り組みにチャレンジしています。
アイデアパンチのチャレンジは、イイジマトオコのチャレンジと現実的にはイコールなのですが、それが日々動いていて、なかなかここに書き表す時間が取れていません。
まぁこんなことやってるよ!的なお知らせを中間報告にしようかなと思いまして、ちょっと雑感ですがアップしてみます。
年末の「仕事納め」を除くと、創業以来初めての「呑みながらの作業」です。みんな面白く読んでね!
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◆アイデアパンチ 社内環境づくり
我が社の仕事は、お得意さまの「企業価値」をどのように世間へ伝えられるかという一点に尽きます。そこには、プロとしての表現が必要だろう、という私の考えから全ての仕事が始まっています。
そのために必要なことは、個人の個性や主義主張の押し付けではなく、他者の考えをいかに解りやすく的確に第三者に伝えるか、その表現の工夫を求められており、今はウェブを中心に活動していますが、究極の考えは「受け手にどう伝わるか」を想像する力だと思っています。

「自分らしさ」は必要、自分らしさがどんなもんかを見る目も必要、その自分がナンボのもんかを感じ取れる力があって、初めて、あらゆる競合に打ち勝てるか、があります。
仮に勝ったとしても、それがどれだけ世間に届くのか、を見極めることも必要です。つまり「自分の力」の他に「会社の力量」があり「世間からの評価」という、簡単にいうと3段階の評価点を通過する耐力が必要です。しかし業務の実態としては、それにクライアントサイドの担当者レベルでの主観、担当者と決裁者の調整能力、組織の実態、組織が持つ社会的地位や、業界内での競合がプラスされていきますから、仕事とは「かように難しいもの」であります。

ハッキリしている事は、自分の主観での“働き甲斐”しか考えられない人では甘すぎて戦力にならないということ。わずか数名の環境を論破できる根拠をもてない人に、外での競合や共感を得ることに勝利はない、そういう業務環境をよりハッキリさせていくために、わたしは社内の改装を計画しました。
目的は、人と話し合うことによって揉まれること。そのプロセスが会社の思想の一助となっていくように「人が集まり・話し合うこと」がしやすい空間作りを作ることにしました。


◆アイデアパンチメンバー強化
上記の「アイデアパンチの思想」を、限られた人生の一部の時間を賭して参画したいと思ってくれる人を今、探しています。大きな意味での情報設計に関われる人、それを人間の直感に訴えるための努力を惜しまない人の参画を期待しています。
我が社には、この思想を形に変えていくためのクリエイターの力が絶対的に不足しています。「我こそは」と思う方は、どうぞ弊社のサイトから私へコンタクトしてください。
世の中を変える力に成り得ると思っています!飯島の考えに共感できる方、一緒に頑張りましょう。


◆健康賛歌 ホットヨガ
健全な思想は健全な肉体に宿ります。私はその考えを実行するために、花粉症の克服を含めた「年相応の」健康体への回帰に向けてチャレンジしています。
生活のリズムは相変わらず「超・不健康」ですが、その改善もままならない日々を続けつつも、昨年の春からホットヨガを始めて一年が経とうとしています。現時点で体重は約4キロ減、体脂肪率は2パーセント落ちました。身内に言わせると、減量による体型変化もさることながら、姿勢と立ち振る舞いが「マシになった」と言われ喜んでいます。

今回オリンピックのスケートを見ていて、メダルという評価はさておき、ポーズの美しさに感動しました。ホットヨガに通っていると、慣れている人は体型が美しいんですね。もちろん、肩幅や腰まわり、頭のデカさや手足の長さは変えられませんが、体型を見ただけで通っている人かどうかが解ります。インストラクターにも、腹筋がタテに割れている人や、鎖骨がきれいに出ている人、やわらかい腰周りの美しい人、脚がまっすぐな人と、いろいろいますが、皆、総合的に美しいバランスを保っています。
フィギュアスケーターは「ああいう体型の人が向いているスポーツ」だと思って眺めていましたが、ポーズやバランスを取る筋力を整えていくと「ああいう体型になっていくんだ」ということに気づきました。中でも、浅田真央ちゃんは美しいアスリートとしての体つきを感じますし、キムヨナは「体つきを生かした動かし方」を身に付けた人だということが良くわかります。

余談ですが、片足でバランスをとりながら、頭の上にもう片足をもち上げることがどれだけ全身の筋力を使うか。回転しながら腰を落とし、片足を前に伸ばすことが、どれだけ腰と腹の筋力を使うのか。本当に、見ているだけでも恐ろしくなります。私は単なる「仕事疲れしたオバちゃん」から脱出すべく始めたことですが、歩く時の脚の蹴りだし方や、背筋を保つためにどれだけお腹に力を入れることが大切か、そして「腰」を安定させることがいかに難しいかを、1年もやっていて未だ解りません。皆さん「健康体」であることがいかに難しいかを解決するためにもホットヨガへ通い、体の使い方を覚えましょう。


◆アピールについて
思想の整合性をとり、傍目に美しい体の動きを万が一手に入れたとしても、そこでビジネスとしてどれだけ評価される人間になるか、このご時勢は本当に生きていくのが難しくなりました。
しかし、各世代の時代考課を加味した上で「どうやって利益を出すか」がビジネスです。この面白さに没頭してみたい方はどうぞ飯島愉子と一緒に仕事してみましょう。


◆データの確実さについて
昨年、契約していたサーバーが突然落ち、それっきり「データの保証はできません」と言われた経験をしました。ビジネスとしてデータを預かっている以上、そんな理屈があるかと葛藤しましたが、消失したものはスジ論抜きで戻ってきません。
仕事は「やらずぼったくり」はもとより、「やってみた結果、予想外に失敗しました」もありえません。
なぜなら、仕事だから。カネが動いているんだから。
しかし、その理屈が通用しないのがデータ化したビジネスの世界だそうです。
預けた責任もあれば、請けられた責任もあるのがビジネスだと思っています。泣き寝入りしないために必要な環境づくりを行うことにして、現在、協力会社のスタッフの力を借りて環境整備をしています。この環境整備もタダではない、ということを肝に銘じつつ、最善の業務環境を作るための投資をしています。

◆いいスタッフと出会うために
これは、あらゆる可能性を含めたうえで、経営者飯島愉子の「引きの強さ」だと肝に銘じております。つまり、あなたに出逢うためには飯島愉子の運が左右するということです。
いろんな可能性を模索してはいますが、必要な金と時間を我が社なりの規模で投下した結果、どういう人材と出会えるかが私のチャレンジになっています。
そのためには家族の協力が不可欠です。いろいろな評価もあるでしょうが、ウチの相方と家族になったことが私の重しでもありやりがいでもある、そんな日々の原動力になっているということをありがたく実感しています。

ここまで読んで納得がいった方はどうぞ弊社までご連絡くださいね。
お逢いできることを、本当に楽しみにしています。

2009年12月14日

米軍基地の移転問題について数週間前に誰かの記事を読んだのですが、日本人は意見を言う前に、聞かされた相手がどう思うかをアレコレ悩んでいて、それが話をややこしくしているとありました。自分に思い当たるフシがあって、全くその通り!と膝を叩いて苦笑い。思うことをストレートに述べるのは割と得意だったはずなのに・・・何に遠慮しているんだか、私は。

2009年12月02日

ブログも駄文が溜まってきて、ツール大活躍とはいえない感じ。プロなのに。。。

思うことは日々あるんですが、考察して、ここにまとめるほど整理しきれないままに時間が過ぎており、気づけばすっかり陳腐になってしまった。そういうのありますよね。

もう、考察するの止めようと。
いや違うな、真面目に生きるのを諦めたみたいに聞こえても困る。
まとめきれないんだけど、でもヘンじゃないかと私の直感が吼えている・・・程度のことをチョコチョコアップしてみようとコンセプトチェンジしました。ちょうどこの枠、使えてないので、ためしにやってみます。
タイトル変わっていないページもあるかも。まぁそれもご愛嬌で。

それで第一稿。
「遊助」とやらの新曲「いちょう」を意気揚々と歌ってるところをテレビで観てビックリしたんですが、あれどう聴いてもパッヘルベルのカノンのメロディラインそのままじゃないでしょうか。ラップ調カノンですよ。没後50年で著作権が切れたのかな、本人の曲紹介の感じでは知らなさそうにみえますが、私が知らないだけで、世間は承知済みの話なんですかね。
どうせ紅白あたりで歌うんでしょうが、NHKはきちんと対応できるのかな。ともあれ、ああいう「当たり屋」には、いいスジのスタッフが周りに付いてないんだろうなぁ、と気の毒に。

2009年02月19日

2月19日に弊社へお問い合わせフォームの件でご連絡くださった方へ。
いくつか確認したい事がございますが、弊社のスタッフが連絡先を聞き忘れ、いろいろ検索しましたがみつからず、折り返しのご連絡ができない状況になっております。これをご覧になりましたら、恐れ入りますが再度ご一報くださいませ。

2009年01月20日

うひひ。本日締切の朝日新聞広告賞へ応募してきました。実はこういった公募モノには縁がなく、人生初挑戦です。
きっかけは某ADのグチともいえぬ、こぼし。「賞のひとつでもとってないとさ?安い制作費でこき使われてたまらんよ。。。ねぇ飯島さん、何かに応募して一発当てようよ!」でした。

真に受けていろいろ探したら結構あることが解り数日後「ねぇいろいろあるけどどれにしようか?」と連絡したら「いろいろ忙しいからさぁ、まぁいいんじゃない?タイミングが合ったときで」と、同調せざるをえない反応で、内心「そうか、そのうちでいいのか」と思いつつ・・・名残惜しかったんでしょうな私。
いろいろ眺めていたところ、かつて私の師匠が世話になったスポンサー名を発見。地元のローカルスポンサーなのに、なぜこんなところへエントリーしているのか。しかも自由にPRしていいって。コリャ面白そうだ、と早速くだんのADへ再連絡。「いやぁうちの師匠が世話になったお得意さんなのよね。しかも開業150周年記念らしいから、きっと今回しか出て来ないよ」と、これまた手伝うしかないような誘い方をする私。

ところが、準備しようにも、ウェブサイトのかなりの充実を見て早々に壁にブチ当たりました。
「さんざんカネかけてやるだけやってます。もう出し切りました!」という気迫が十二分に伝わってきます。
まぁね、私たちの視点をもってすれば、つまらない内容だったけどね(笑)
あぁもっと上等な喧嘩が売れないのか・・・私。

懐かしく築地界隈を歩きながら、特設窓口へ持参して応募してきました。
しかし、応募者は私以外いない瞬間で、明らかに全員ヒマそうに喋っていたのに、手前に座っていたオバサンの対応は忙しげに面倒くさそうで偉そうな感じの悪いものだった。ついでに字も下手だった。嫌な業務を社内で断れないような御年には見えなかったけどなぁ。スマイルゼロ円。どこも人材難つうことか。

応募作と記念写真。
広告賞応募作品

クライアントさんにとって、新しい切り口の、ちょっとの足しぐらいになればいいなと願っております。

◆広告賞 想い届くか故郷へ アイデアにのせた 師匠の面影

2008年11月29日

企画書や仕様書に追われていた秋が過ぎ、久々にコピー書きの仕事が出てきた。
ウェブとグラフィックは、ストーリーの建て方が全く違うので「仕事はひとつずつではなく、いっぺんにたくさんやれ」と後輩達に説教を垂れる私も、頭の切り替えがちょっと難しい部分だ。

のってこないと、コピーの神様が降りて来ないので、BGMを慎重に選ぶ。そんなときに限って「The Pogues」なんか聴いちまうわけやね。コピーの課題は料理関連だっつうのに、、、降りてくるか、ボケ。と自分にいう。
そしてまたそんな時に限って、普段気にも止まらないニュースをつい読んじゃったり、しばらく逢って無い友人のブログを読んだりと、あぁ時間が過ぎるのって、なんて早いのかしら!!!!

そうだ。上にちょっと書いたけど、ちょっと掘り下げておこう。

このテの仕事では、若いうちからマイペースで「仕事は端から一つずつ片付けよう」なんていう人は、いつまでたっても腕はあがりませんね。「いろんなことをいっぺんにやる」から、能力の限界がムリヤリ押し広げられて仕事容量が増えるのです。そうです、時間って自分が思っているほど無いもんなんですよ?。
「じつは時間がない」ということが実感できるようになると、このガケっぷち感がいい緊張感に変わり、間違いを減らし、確度を上げるのです。

センスはともかくとして、与えられた仕事を一定の確度でこなせるようになると、自信もつき、処理スピードもあがります。確度とスピードが上がれば、同じ時間でも、与えられる仕事が増えます。仕事が増えるというのはチャンスが増えるということ。そうすると経験値が上がり、次の視点が見えてくるのです。
こういうことをイメージしながら日々の経験を積むことがポイントです。

ついでに私が思うのは、一度いろいろと考えて結論付けたことをイチから考え直すのは思考のロスです。クセがべっとりついて切り替えが難しくなる。いいかえれば仕事とは「いかに頭を切り替えるか」かもしれませんね。いっぺんに考える事がワタクシぐらいの達人の域になりますと、時間があるだけ他のいろんなことに手を出しますから(笑)それが逆に能率を下げたりするんですが・・・・。

そうして仕事から自己啓発まで、具体的なやるべきこと、やりたいことには優先順位をつけて日々処理していきます。ここ最近やっと一ヶ月先ぐらいまでは常に整理されて埋まっているようになってきたかな。
これも社長業が板についてきたおかげかもしれません。

ビジネスマンは、安泰というイスに座った気になったら、そこで引退なんでしょうなぁ。また話が逸れた。

おっと、気持ちが切り替わってきたぞ。止まっていた作業にさっそく戻ろうっと!

2008年04月16日

毎日山のような売り込みメールが届きます。単なる配信メールであて先を差し込んだようなものは全く心に響かないため大抵が放置されて終わりです。しかし、つまらないビジネスメールの中にオヤッ?と思うようなものもあります。

私が好きな「いい人そうだなぁ」と思えるメールは、未だ見ぬ相手への緊張感があり、ささやかな敬意が表されてるもの。要点がわかりやすく、簡潔にまとめてあるもの。たとえ大量送信文であっても、文末に個別の一文が添えてあるもの。特に弊社のお問い合わせフォームにはサイトの感想を尋ねていますが(もちろん必須からは外してあります)、たとえお世辞でも一言がある人には、お礼の一言だけでも返信したくなります。

弊社の外部スタッフにも、お問い合わせメールがキッカケになっている人が結構多いです。肝心の売り込み内容に用が無い場合は、どんなに「いい人そう」でも、残念ながら放置となりますが、そういうケースは、実は結構後ろめたい気持ちにかられていたりするものです(私は)。

思うに、文章には人間性が宿ります。ひらたく言えば“行間の印象”でしょうか。
これはもちろん「何行アケ」ということではなくて、言葉にならない部分のこと。文脈はもちろん、言葉の選び方、息継ぎのリズムにそった句読点、濁音の使い方。読み手の気持ちや状況を想像する力。それらの全体が書いている人の人間性を想像させてくれるんですね。
ちょっとしたお詫びの一言でも「すいません」と「すみません」とでは文字に込められた重さが違う。それは読む側に届く想いも異なってくると私は思います。

たかが文章といえばそれまで。実際の人間性を問わなくてもテクニックで得られる印象は大きいでしょう。しかしとても上手で印象的な文章でも、キメの熟語が変換ミスっていたり、素敵なフレーズが使いまわしだったりすると、読んでいるこっちが赤面です。これなら読まないほうがマシだったと思うことすらあります。

メールは、受け取る側には個別の私信として届くもの。コミュニケーションを仕事としている私たちにとって、計算ずくでもいい、万全の配慮をしたいものですね。

メールについては、他にも色々感じることがあるので、折を見てテーマにしていきます。

2008年02月18日

企画を立てるときに、一番思うのは「落としどころはどこか」です。
これは多少場数を踏んだ人でないとピンとこないかもしれませんが、言い換えれば「何を適えたいという目的でプロに発注してきたものか」を相手の立場になって考えを巡らすことです。
これはモノづくりを請け負う作業にとっては結構なキモだと思います。

しかしそれは、ある程度理屈でわかることであり、具体的な表現の作業に入る段階でディレクターの個性やモノの見方が多少は反映されるものの、各パートの専門家たちの意見も混ぜながら成形していくものだと思っていました。
つまり、ディレクターなんて最初の旗振りだけで、仕事の良し悪しは各パートの専門家たちの能力で決まると長年思っていたのです。しかしどうやらそうではないかもしれないと、今更ながらそんな気になってきました。

仕事の評価は、たぶん、間違いなく、依頼主の満足度にあります。
中にはどういうものが満足のいくものかすら判らない発注主もいますが、それは製作者の立場からアドバイス(提案)してあげるのも業務の一つで、その提案を元に、お互い答えの方向を探りあいながら仕事は進んでいきます。

そこで整理された目的に沿って具体的な製作作業は進みますが、成果物にはデザイナーやコピーライターやカメラマンのそれぞれの全力投球があり、それが集まってやっと「目に見える」形になる訳で、目的を探る作業が良かったかどうかは、往々にして成果物のクオリティと一体となって語られることが多いのです。
お陰様で良い評価をいただくことが多い弊社の昨今ですが、それはとりもなおさず、成果物のクオリティが高かったからだと頭から思い込んで、スタッフに感謝しながらここまでやってきたように思います。

しかし最近、全く不意に私の采配についての感想をスタッフから語られることが続きました。
べつだん、そんなことを言ってほしい訳でもなく(嬉しいけど。社長になって褒められることがめっきり減った)面識のないそれぞれのスタッフ同士が陰でおだてあう相談をするはずもなく、しかし同時多発的に、私の采配ならではの生まれるエネルギーがあり、その成果は当人にも予測ができず、また完成したものは自らの予想を超えてすばらしいという・・・、いったい誰を褒めてるんだかわからんような有難い内容でありました。

まぁ細かいことは手前味噌なので適当に読み飛ばしてくれて結構ですが、つまり目的を探ることに私ならではの個性がもし本当に反映されてるとすれば、それは「この人(企業)が喜んでくれるものを創りたい」という、私の半ば押し付けがましい、おせっかいな性格が大きく影響しているのかもしれないと思うのです。
だとすれば、私が経験的に確証を持って言えるのは、いい仕事をするためには「この人に喜んでもらいたい」とまずは思うことであり、その感情は究極に突き詰めると「この人に好かれたい」ということと同じであると思うのです。

仕事も恋も人付き合いも、人生の大きなうねりの中で繋がっているひとつの要素だと思うのですが、私の仕事一辺倒の生活にも、この人(企業)に好かれるために私はどういう努力が必要だろうかということを考えない時はなかったなぁと感じます。そして全く無意識のうちにそういう努力らしきことを行ってきたことは、とてもラッキーな経験であり、この仕事がもしかしたら本当に向いていたのかもしれないなぁと今更ながら思います。

ぜひ、この製作業に身を置きたい人たちには、人や企業に好かれるための努力の面白さを体験してもらいたいし、そこに喜びを見出せるようになってもらいたいと思う今日このごろです。

深夜にこんなことを書いていたらウチの相棒が起きてきて「売れない作家みたいな顔して何やってるの?」と言われてしまった。。。むむむ。あたってる。。

2007年10月26日

某お得意様の依頼を請け、取材に行ってきました。
働き盛りの数名にお集まりいただき、自社について語っていただくものでしたが、醸し出す場の雰囲気が実に穏やかで良い感じでした。

そこの会社は、お仕事を通していろいろなご担当者様と接する機会がありましたが、その度にみんな似ているなぁと感じていました。弊社とのやり取りはコンテンツというモノづくりの一環なので、結論がはっきり解っていることは決して多くありません。
こちらの業界に発注し慣れた方が少ない会社さんは特に、我々の質問の主旨を理解する、あるいはどうしたいという依頼を我々に伝える、ということが難しい場合が多いようで、回りくどさを感じる場合も少なくありません。彼らもみな、慣れていないタイプであることは一言話せば直ぐ解るのですが、しかし、その「手探りのコミュニケーション」がスマートなのです。
地アタマが良いといえばそれまでなのですが、みな押しなべて要点が早いというのはすごいものです。

こういった雰囲気が、数集まると集団の持つ空気に変わり、そこで日々働いているとそれぞれが似てくる、そういった相乗効果もあるのかもしれません。
つくづく思うのは、ボスが音頭を取る「社風」がある一方で、構成員全体の“匂い”が創出する「社風」があるのだなぁということです。
これには創業何十年という歴史も作用するのでしょうが、3年ちょっとのアイデアパンチはまだまだ形づくりの途中で舵取りが重要な毎日ですから、少しうらやましいなぁと思う時もあります。

とんがって突出した要素がない分、外から見れば平凡に映るかもしれません。それはクリエイティブを依頼される我々の立場からすると難しい相手かもしれませんが、こういう会社の、平凡で当たり前の、ちょっと懐かしい気もする上質さというか手堅さは、この空気をそのまま運ぶことが一番のPRなんだろうと感じています。難しいだろうなぁ?。

2007年08月21日

ちょっと前からよく見る生命保険のCMで、このコピーから15秒の物語が始まっていくものがある。契約ターゲット層の女性に保険に対する疑問を語らせ、コールセンターの女性が清潔感いっぱいに親切に答えていく流れであるが、あれはひどいなぁ。
広告主はきっと「疑問に答える方法で展開すれば、解りやすい内容になる」と、善意で考えて、その中で30代女性バージョンを作っただけなんだろう。うん。でも、どうもうっすら侮辱されているように感じてしまい不快なのである。

質問者はクールビューティ風な女性が起用されており、ソファに座り、コードレスの電話で話が進む。場面は日中の室内を想定しているようで、日曜の昼下がりというよりは平日午前中っぽい空気の中、非の打ちどころの無い保険会社の女性の対応に、疑心暗鬼の30女が騙されまいと必死に一問一答していくという構成に仕上がっており、暗いのだ。

質問者の口上も異彩を放っている。「4000円以内は無理よねぇ」などと相手を訝しげに思っている様子が全開に表現されている。昨日久々にこのCMが流れ拝見した。思っていたほど毒々しいモノ言いではなかったが、なぜああも「上目線」で「タメ口」に話す「いやぁな感じ」が観ている私の心に残るのか。あの「セリフ選び」が毒々しく感じるのだろうか。

小道具も怪しい。手前のガラステーブルには、ものすごく湯気の立ち上ったティーカップが置かれ、まるでサウナの蒸気口のようだ。CGかどうかは別として、あれじゃ熱くて当分はカップに触れることすら無理だろう。

ところが、CMは急転直下で和解に向かう。最後の質疑で納得が行ったらしく、件の女性が別人のように明るく澄ました声で「すぐ見積(を)送ってください」とにっこり笑い、CMは終わるのだ。あれだけアケスケに人を疑って質問できる女が「見積」を「送ってください」とは言わないだろう。私があの流れで脚本を書くならば「アンタ、すぐ契約書を持ってきなさい」とする方がよっぽど自然である。

商慣習上、やむを得ず存在するような「見積書」を、まどろっこしく送るのが保険会社にとって大切な結論なのだろうか。それとも見積書を切るということは契約成立に等しいのか?仮にその見積書が契約プロセス上省けない大切なことだったとしても、それは送ってもらわなければならないのか。メールやFAXではダメなのか。
サウナの蒸気口紅茶まで置いて作りこんだ世界観である。なぜ一番肝心な「その気になった人の動かし方」の部分が妙に曖昧なのか。製作物としての詰めの甘さを感じる。

そうだ、言いたかったのはそんなことじゃなかった!
そりゃあ30も過ぎて保険に入ろうと月々の値段を問い合わせるような女は、色々苦労もしてきてるだろうし、中にはややこしい人間もいるのかもしれない。しかし、ああまで感情を剥き出しにしたくない恥じらいや、隠す理性ぐらい持ちあわせている人が殆どなんだぞ!って事を知ってくれよな!

2007年07月12日

私はかつて駆け出しのころ、地方のドコモさんに大変お世話になった。仕事の酸いも甘いも教えていただいた、貴重なスポンサーさんのひとつであり今でも当時の経験には感謝している。
しかし、最近始まったキャンペーンは何だかおかしい。デザインのAUと呼ばれ、バラマキ・叩き売りが得意なyahooの参入で、ドコモは確かに影が薄くなる一方だった。ユーザーとしても、個人的な思い入れからしても、寂しい限りだった。だから動きがあれば気になる程度には意識していたのである。

「さて。そろそろ反撃してもいいですか?」のCMコピーはひどいな。それは客に問うことなのかな。「業界一番手だった僕たちなのに、最近パッとしなかったよね」ということを了承しないと、あのフレーズの持つ意味が飲み込めず、押し付けがましいのだ。しかもあのフレーズを読むと直感的に気分が悪くなる。どうしてなのか、イヤミを言われた後のような気分にさせられる。

しかもなぜ2.0なのか。2.0ってFOMAのバージョンか?700と900の位置付けがショップの店員ですら満足に説明できないのに、混乱を招くような数字を、意味もありげに最前面に押し出すのか。これがフックなんですよとでもプレゼンされたのか。今や2.0と言えば「web2.0」である。これからのトレンドと言われてしばらくが経ち、CMプランを練っていたころには、市井のクリエイターにもその意味がおよそ解ってきた時期だったろう。

きっと、インターネットが当たり前のツールになった今、これから先の「次世代の常識」と、業界一番手を奪取した後の自らの存在が「次世代の常識」になることをなぞらえて、自分たちの意気込みを伝えたかったんだろうなと思う。しかし、web2.0なんて一般人にどれだけの認知があるのか。しかも詳しい人から見れば、もはやフレッシュなキーワードではないと思うのですが。どうも周回遅れなニオイが漂ってくるところもサムいなぁと感じます。

蓋を開けてみれば、ちょっとトガった芸能人の大量採用でショートストーリーが流れるだけ。これが反撃かと思うと安易さに腹が立つ。ストーリーを作るからにはオチぐらいあるだろうけど、スポンサーがドコモじゃなくても十分に楽しめるものである。媒体料だってバカにならないだろうに。あんなCMプランを嬉々として採用しているから、ブランドが安っぽくうつり、結果的に一番手から転げ落ちるのである。

NTT本体から分離した以外はほぼ純粋培養であったドコモという企業が持つ、良いイメージがかつては確かにあった。ひいき目の私の頭にはわずかに残っていたハズなのに、あのCMのインパクトに流されて、ついにその欠片も上書きされ忘れてしまった。それが残念で悲しい。