家族・兄弟・男と女

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2010年02月01日

私は基本的に弊社のクライアントは全て愛してます。もうわが子のように可愛くて愛しくて、目に入れても痛くないし、ややこしいお家事情もウェルカム。てなスタンスでお付き合いしていますが、いつもご贔屓にしてくださる大好きなクライアントから「殺す気か!!」というぐらい大量のリクエストをいただいて早2ヶ月。
月末で伝票を〆たところ、この2ヶ月間で年間売上の1/4があがりました。普段手を抜いているわけじゃないんですぜ、とにかくものすごいことになってます。

しかも、このペースでまだまだお待たせしている案件が行列です。とはいえ、提案したのはもう少し多かったから、残念な気持ちもちょっとあるけどね。。。とかなんとか憎まれ口をたたきつつも、このご時勢、仕事があるだけ有難いと、チームアイデアパンチは一生懸命働いてくれます。本当に脱帽、感謝です。

しかし、やってもやっても終わらないのも結構なストレスで、この耐久レース感に真っ先に音を上げたのが私の体でした。もー、つかれたー。。。
底を打ったピーク時には、付き合いも長いご担当者から調子が悪そうと見抜かれてしまい、また私の相棒もアホみたいに忙しいらしく、そんな訳で緊急事態宣言発動。母が応援にやってきて早1週間、家事一切を助けてくれたお礼にと、週末は披露宴でお世話になった椿山荘へ相棒と3人で食事に行き、深大寺温泉へ(これは相棒を留守番に置いて)親子で行ってきました。

老舗の旅館みたいな銭湯でしたが、お湯真っ黒でびっくり!足元見えないぐらい真っ黒よ。
そこで人生二度目のアカスリ+プチエステのコースを体験。
裸で寝転がるのは本当に勇気が要るけれどもね、しっかし気持ちよかった。。。
アカスリは、皮膚の古い角質を落とすから代謝があがるけど、溜まったメラニン色素も落とすから美白に、またデトックス効果で冷え性にも良いそうです。

そしてもうひとつのストレス発散?社内プチ改装のプロジェクトが動き出しました。
これから見積を取って、予算と相談しつつ、打ち合わせコーナーと業務スペースを切り分ける方向で進めてみます。今はとにかく時間を見つけては物を捨てております。

社内データインフラの見直しも進んでいます。製作環境を見直して、業務効率を上げるために!少しずつですが、アイデアパンチも春のネクストバージョンに向けて潜行中です。

2009年10月02日

9月初旬、会社の健康診断を受けてきました。今年は40歳を迎えることもあって、記念検査の多いこと。この仕事をしていると本当に健康はおろそかになりがちです。今はご時勢もあってどの仕事もハードなようですが、そもそもこのクリエイティブという仕事は、価値観を生み出す仕事なので、できないとかやれないといった答えは無くて、やるしかない。しかも時間内に、しかも予算内に。

その生みの苦しみの闘いに実力が伴わないと、一般に言われる「仕事」とは桁違いの拘束を強いられます。正確に言えば、実力だけが原因ではないのですが、まぁ結果的に「できるまでやる」しかないのです。いやいや、できるまで向き合ってくれるクライアントがいるだけシアワセな方で、大抵は一回こっきりのチャンスでこちらを向かせなければ次は有りません。
たとえ昨日で地球一周したくらいのエネルギーを使い果たしていたとしても、「今回きり」のチャンスを捕るために今日も全速力で走る、これは私がこの業界に参加した20年前からの常態でありました。

そんなヘビーな業種なので、その華やかな印象とは裏腹に、十二分に3Kに値する仕事でした。終わるまで家に帰れないわけですから、腹が痛いとか頭が痛いとか、肌が荒れたとか、体がクサいとか、そんなことを感じるヒマも無かったわけです。そんな日が何年も続くと当然健康への意識はおろそかになるわけで、年に一度の健康診断はどこの会社に所属していた時代でも、割と皆、素直に参加していたように思います。

会社を興して知った事のひとつに、健保組合の有り難さがありました(今年からは政府管掌も形は健保に移管)。年に一度の健診と、置き薬のおかげで、毎日の生活がどれほど健康に無頓着でいられたか。ですから、せめて健康診断を提供できるくらいの会社にしたい、というのは私の執念でもあり、やっと今年は年齢によらず社員も「よくある普通の」健康診断がまともに受けられるようになりました。私はさらに40歳記念ということもあって、冒頭に書いた「オプション盛りだくさん」のコースです。

「マンモグラフィ」を初めて経験しました。
痛い、痛いと聞いてはいましたが、ホンマに痛い。上から降りてくるガラス板みたいなのに乳房を挟むんですが、より薄っぺらく伸ばした方が診断しやすいので、とにかく体をせり出して、ぎゅーーーっ!と挟む。右も左も、上下と左右にそれぞれ挟むので、都合4回「いてててててててーー!!!!!」の嵐です。
終わった後、脇の辺りには赤い痕が残ってました。

そうしたら先週、検診結果が会社に届きました。エクスパックで。

え?
検診結果って速達で届くんだっけかと思うのも束の間、ひっかかりましたね。
記念に受けた初めてのマンモグラフィで「局所的非対称陰影」。
中には紹介状が入っていて、レントゲンフィルムの申請方法が書かれてました。

本当に、いろいろ考えましたね。人生というものを総括する時期が人より早くやってきたか、と。
とにかく何があっても動揺しないようにしなくては、というのがまずは頭をよぎりました。

結果はもちろん、ここに暢気に書いているぐらいですから問題なし、無罪放免です。

これを読んでくださっている中にも同世代の女性はいらっしゃると思います。
また、同世代の女性を奥様に持つ方もいらっしゃるでしょうが、ぜひ乳がん検診、受けるように勧めてくださいね。私のように子供を持っていないと、授乳も当然していない訳で、持ちあわせた機能を使っていないまま老化すれば、どこかに故障があっても不思議はありません。

ちなみに、マンモグラフィ検査とは脂肪と乳腺のカタマリである乳房を押しつぶして撮影するものです。その読影には乳房の右と左が対象になってるという考え方があるそうで、「局所的非対称陰影」に見えた私は再検査となりました。でも検査技師のウデもありますし、機械の質もいろいろあるそうです。ですから、仮に影が見えても即病気というものではないそうです。
また、お医者さんの話では、若くして進行性の早いがんの場合は別ですが、一般にいう乳がんは進行がすごく遅いのだそうです。また、小さすぎても見つけられないそうですから、せめて年に一度は検査を受けましょうということらしいですね。

再検査では、新宿にある東京医科大学病院の乳腺科にお世話になりました。
(某幼馴染のお姉さまへ:結果が悪ければ相談しようかなと思ってましたが、その必要がなくてよかった?です)
初診で行ったら10年前くらいの患者記録があるといわれてビックリ。そういえば上京して1年くらいで風邪をこじらせて軽い肺炎になり、2週間出社禁止令が出て休んだ覚えが。あの時フィルムと紹介状を持って行った病院はあそこだったかも・・・。

なかなかカッコいい若い先生でビックリしましたが、無罪放免も手伝ってか、いい印象でした。私のみぞおちにもたれるなよ、マウスパットじゃねえぞ。と思いましたが。
しかし検査前に着てる服を褒めてくれましたよ、私もよっぽどガチガチに緊張してたんでしょうねぇ。

2009年09月01日

8月31日。父の命日でもあり、6月の決算に伴う税金納付締め切りでもある。そして9月2日は設立記念日。この数日間は気持ちの整理と現実の整理がまとめて片付く節目でもあり、今年も無事終えたことに感謝。

6月決算のおかげで、上下期が入れ替わるのは新年1月。これまた実に考えやすい、いい区切りで、私の思考の波と、世の中のリズムが合っているように感じる。友人のアドバイスもあって偶然決めた設立日だったけれど、本当にいい流れで、事前に図ってもこうはいかなかったのでは、と、これまた感謝しつつ。

毎回、この数日間に思い出すのは設立時の心境。日々の業務につい追われてしまうが、初心に返るって大切だなと思う。
いろんな出来事にぶちあたっては、頭を切り替えるように腐心しているが、心が折れてしまっては元も子もない。家族が健康で、社員が明るくて、チームアイデアパンチの皆が前向きであること。こんなにありがたいことはないですね。全ての皆様に感謝しつつ。

新年あけまして、今年もがんばるぞ?!!皆様、どうぞよろしく。

2009年08月26日

子供のころから痛みに弱い私は、歯が痛い、お腹が痛い、転んで擦りむいた膝が痛いなど、いちいち痛い痛いと言っては親に怒られていた。うるさい、大袈裟だ、というのである。
確かに、この世の終わりかと思うような痛みを経験したのは、約40年生きてきてせいぜい2回。人生の殆どの痛みは、のどもと過ぎればなんとやらで、殆どけろりと忘れている。

しかしこの「痛みによる辛さを解ってほしい」と「他人から見れば大袈裟なこと」のもどかしい兼ね合いは、実は一生ついて回る心情だったことに最近気づきました。
仕事も、体調も、恋愛も、貧乏も、辛さは本人のものだけで、他人には想像できても体験はできないし、どれだけ辛いかを最高級の表現で尽くしても、やっぱり他人には伝わらない。
「痛いのよ。ねぇわかるでしょ?」と言って歩きたい性格の私には、なかなか付き合いにくい現実のひとつでした。

それでも、まだ若くて他人より尖っていたいと思っていた頃は、人を説得するということを諦めた時期もあったし、他人と距離を置いて生きていた。これが実は結構簡単で、自分以外の他人とは、腹に一物あっても知らんぷりすれば良い訳で、ラクチンなんですよね。自分はどんどん可愛くなるし、心がこもっていない分だけ他人に愛想も良かった。ちょっとした討論も簡単で、あぁ今にして思えばあの時の私は「なんて嫌なやつ」だったと恥ずかしくもあり懐かしくもアリ。。。

でも、この年になると、その「伝わらない実感」に新たな要素が加わってきました。
「納得」です。

「これで出来上がり(のつもりなの)?」と聞く場面が結構多い。
「これで良いと判断したの?」というバリエーションもあります。。。

芸能人じゃあるまいし、ヒトは普段から自分の思うことをいちいち整理して生きてはいない。でも、どうしたいのか、何をやりたいのか、どこまでやれば納得するのか、自分の頭と体を使っていながら、自分で気づいていない人は少なくない。
これが仕事の場面に出てくると結構厄介である。
「ここであなたが納得していても、商品になるほどの価値はついていませんよ」
そう言っても当然ピンとは来ない。
「あなたがどれだけ辛いと思っていても、まだまだ精度が足りませんよ」
これもまた鬼の一言なんですけどピンとこない。

友人がよく言ってくれる事ですが、「“やったつもりでいる”ことと、“やれた”ことはそもそも次元が全然違う」。そうなんですよね?。
「仕事は自分のためにやるんじゃない、他人のためにやるから面白いんだ」けだし名言ですな。
仕事は言うまでも無く商売であり、作り上げた価値をお金に替えなければいけない。お金を払うのは自分でもない、会社でもない。お客様であり、それによって何らかの得をしたいと思っているアカの他人である。

自分の持つ心情とは桁違いに縁遠いところで生活している他人に、せめて多数決で共感できるものを提供し、その代価をもらうことが仕事。そのハードルの高さを肌で感じる事ができないと、始まらない厳しさなんだと思います。

どうやって、この目線まで物事の価値観を引き上げてあげられるか。私の目線を高く維持する事だって、決してラクではないのに。。。
この感覚が、私の痛みをわかってほしいんだけどきっと無理ですよね、という気持ちにかなり似ている。しかし、もう若い頃のように自分だけ庇護して生きてはいけない。無理を承知で、納得させるまで頑張るしかないのです。

お客様にも、スタッフにも、そして自分自身にも。
年をとるって大変なんだなぁと改めて思うこのごろです。

2009年07月31日

ちっとも親しくなくて、名前も知らなかったくらいなのに、とても大好きな料理人の大将がいました。我がアイデアパンチが代々木に事務所を構えた頃からの付き合いで、昼も夜もお世話になっていました。

近年は、週に一度のペースで通っていたので、ちょっとした友人よりも身近な他人。しかも昼も夜もなので、大将の料理で体の一部が作られていると言っても過言ではないくらいの気持ちでした。

年の頃も私と近そうで気安さもあったし、行けば一言ぐらいは言葉を交わすし、一度、前夜のお刺身を「余りなんだけど」と申し訳なさそうに、でもきれいな小皿に盛って、こっそりサービスしてくれたこともありました。昼は定食に必ず茶碗蒸しがついていて。なかなかないんだよね、茶碗蒸しを食べさせてくれるお店って。

ところが、先週は3連休明けで忙しくて、そのお店へランチに行けなかった珍しい1週間でした。しかも社内では乳製品スイーツの企画があって、いつもの料理スタッフと試作することになり「食に携わるプロで、身近で気安く頼みごとができそうな大将に、試食をお願いしてコメントもらおうかな」なんて、さらに珍しい話にまでなっていた。

いざ、事前に打診しておこうと1週間ぶりにランチに訪れたら、大将が居ない。
ここ何週間か様子が妙な気がしたから、よもや辞めたかなんて思ったら、いつもの仲居さんから大将急逝の報に触れました。

7月21日、いつものように仕事を終えて帰宅され就寝したのに、翌朝ご家族が目覚めた時にはもう亡くなっていたそうです。享年42歳。ちょっと調べてみると、40代男性の就寝中の突然死は、突出して多いんだそうです。

昔とてもお世話になった、お得意様であり敬愛する仕事仲間だった故田浦祐二さんも、約7年前、当時40代前半で突然亡くなってしまった。5年ぶりに逢いお酒を酌み交わした翌月のことで、遺された奥様と10代のお嬢様がいらしたはずだが、当時の私は葬儀に参列することで精一杯だった。
事情こそ違うが、私の師匠も吐血して周囲が吃驚している1時間ちょっとの間に亡くなった。突然この世から家族が消えてしまう哀しさを体験した身としては、遺されたご遺族のご心境を思うと、とても他人事とは思えない。

夜は麦とろが美味しくて、お客様を連れて行っては、シメに薦めていました。トマトとモッツアレラの天ぷらは本当に意外な美味しさで。山菜も自分で採りに行ったと聞いたことがあるし、お薦めの刺身はいつも確かだった。あぁ?もっといろいろ感激した料理がたくさんあったのに、いざとなると出てこない。
「あの料理、美味しかったからまた再開してよ」なんて気安く言えるような店、なかったのに。

そこはかとなく上品で、ハズレがない。うす味ながら何気ない余韻を残す、大将の料理。私は本当に大ファンでありました。彼の作ってくれた料理と生き様に合掌。ご冥福をお祈りします。

2009年05月19日

私には、もっか3人の子育てに全力投球している姉が一人居ます。彼女の生活や日常に触れるたびに、子育てって「人生そのもの」なんだなぁと感じています。
その姉の幼馴染である女性が、このお弁当ブログを読み私が作った写真を見て「中学生時代の姉のお弁当を思い出した」と言ってくれたと、心なしか喜んでいるように母から聞かされました。

料理の腕前はさておき、大人になってからは、我が家のおせち料理を重箱に詰めるのは私の担当でした。もちろん、詰め方が上手でおいしそうだからという母のお墨付きを受けて、です。

私はイヤシイので、なるべくたくさん詰めて行こうとフト思い立ち、母が作ってくれたお弁当を横からチョイチョイと“詰め調整”していました。きっとその頃から「多少振り回しても一切ズレないお弁当テク」を身に付けたように思います。彩りや味の混ざり具合を計算して、なるべく「仕切り」を使わないで詰める、このあたりはかなり上達し「う?ん、こりゃフタをするのが惜しい」とよく思ったものです。

お弁当はこう作るもの、という“指導”はどこの家庭にもなかったでしょうし、この企画を始めていざ懐かしの弁当作りを再スタートしたわけですが、我が家の食卓を体が覚えていて、自然と形に表れてしまう。これは本当に興味深い。
いよいよ「食とは人生のありようなんだ」との思いが深まります。

娘が何気なく作ったお弁当の写真を見た人が、20年前の飯島家の僅かな側面を思い出してくれる。
毎日、己の人生のごとく家族の食事を作り続けてきた母にとって、こんなに素敵な“実績”は無かったのではないでしょうか。思わぬところで親孝行です。

そこでなお、姉の現在進行形の家族の食卓を心配せずにはおれない心優しい妹であります。新居祝い、気合入れて贈りますね。
姉の友人、Yさんには、改めて深く深く感謝しつつ。。。

2009年04月02日

先日、ウチの相方の、かなりのヤボ用で区役所へ電話したときのこと。個人情報保護全盛期の昨今ですから、当人の生年月日を聞かれ、さらに私の名前を尋ねられました。質問はここまで、と勝手に思い込んでいたら、「ご関係は?」とさらに問われて言葉に詰まってしまいました。

こういう場合、既婚女性は相手を「主人」と呼ぶのが普通なのでしょうが、用件は彼の税金滞納への支払。決してヒマではない私が、家計からやりくりして、未納のお詫びの電話をかけ、納入する手間を引き受けたこの期に及んで、やつを“主人”と呼ぶのはどうなのか・・・・と、咄嗟に感じたのが話をややこしくした訳です。こうしてみると、私もかなり了見のせまい人間です。

とはいえ、私は「家内?」も変だし、自分のことを自ら「妻です」とは呼ばないだろう、とか・・・・。
面倒だなぁ、苗字同じなんだから家族だと思ってくれよ、と感じつつも、周りを見渡しても聞けそうな相手もいないし、、、、とにかく、日ごろ仕事を持っている身では家族についての話題も質問も全くといっていいほど無い訳で、結婚して1年半ですが、今頃こんなことを悩んでいるということは、未だにこの質問をされたことが無かったということです。全く予想外の驚きです。

そんなことを漫然と心に留めていたら、道路を挟んで我が社の斜め前にある取引先の男性が、私の自宅から徒歩1分のところに住んでいる事がわかりました。なんと休日の昼間に、ボサーっとスーパーへ出かける私たち夫婦とすれ違ったらしいということです。しかも、ロクに顔を見なかったとはいえ、その男性は私の夫を、私の息子だと思ったと言うではありませんか。

誤解の無いように申し添えますが、ウチの「主人」は、決して若い青年に見えるということではありません。私がオバさんなら、無精ひげを生やした、うすら汚い彼も立派なオジさんです。
しかし痩せ型で「中年肥え」していないのと、どこへ行くにもAIGLEのブルゾンなので、後姿を見れば・・・まぁ多少の目減りは期待できるかもしれないけれども・・・?

しかし、しかし、もっと本質的に根源的に大きなモンダイなのは、「“いい年の息子がいてもおかしくない”と思われてしまった私」です。
「随分若い恋人なんだなぁ」と思われるならまだしも、成人に見えそうな息子の存在を勝手に悟られ「案外苦労してんだなぁ」なんて思われた日にゃあ・・・。これが不惑の力なのか。付加健診、やっぱ受けようかな。

あーあ。(滅入る)

あの取引先に仕事出すのやめようかな。(一応ウソです)

私は未だ新婚気分といってもいいくらいなのに!(これも少しウソ)

という訳で。
四十の手習いよろしく、向坊からレクチャーを受け、来週から休眠会員だったホットヨガへ通うことにしました。今年はもう一歩進んだ体質改善へ向けて、頑張って痩せようっと。

目下の私の悩み事は、息子に間違われたということを話して彼を喜ばせるかどうかです。


2008年11月19日

生活習慣が不摂生なので、いくつになっても唐突なデカいニキビに悩まされます。
もともと口の周辺やアゴの周りにできやすいのに、近年ではアレルギーのお陰で鼻の上や下にもボツリとできてしまうんですよ。あれ恥ずかしいよね?、痛いし。

年中クシャミと鼻水に悩まされていて、鼻をかむことがとても多くなってしまったのですが、アレルギーのハナって“水っ洟”なんですよねぇ。外出先では化粧をしているから鼻の周りをゴシゴシと拭けず、きっとふき残しとかあるんだろうなぁ。それが栄養になって雑菌が繁殖して「大玉ニキビ」になるんじゃないかと推測しとります。きったねぇなぁ。

ところが、10年くらい前に友人に薦められたニキビ美容液アユーラ ADアクネ モイストエッセンスαが実に効くのだ。これはニキビができてしまった後に、洗顔後の化粧水あとにチョンチョンとニキビにつけるだけ。

それと、化粧後にファンデーションの上からつけられるアユーラ スポッツクリアADも優秀。
ボツンとできてしまったら、すぐ塗る。そうすると1両日中には腫れや赤みがひくので、1週間も悩んだり痛い思いをしなくてすむし、うっかり触ってしまって悪化、ということもない。

新宿にあったアユーラがてっきり撤退したと思っていて、もう買えなくなると思ってケチケチ使っていたんだけど、先日銀座でショップを見つけ、喜び勇んでその話をしたら「タカシマヤにまだありますよ?」
なぁんだ、場所を移動しただけなのか、あの独特の雰囲気が見当たらないからてっきり居なくなったんだと思っておりました。是非お試しあれ。

2008年07月14日

10代の頃からネイルに興味があり、学生時代はよく薬局で爪磨きのキットを買っていました。これはきっと母の影響で、彼女はいわゆる専業主婦ですがいつもきれいに赤いネイルをしていて、ゴム手袋をつけて食器を洗っていた姿が目に浮かびます。

社会に出てからはお財布と相談しながら、季節や気分に合わせたマニキュアを本格的に買い始めました。流行や、季節感や、仕事の局面に合わせて爪の形や色を楽しんでいます。
しかし!私の指は節がゴツくて浅黒く、シワが多くて、昔からくっきりと「オバサンの手」でした。中学校の時に指がきれいな友人を見て羨ましかったのを覚えています。いまやっと手が年齢に追いついてきたかな・・・。
しかも、手のひらの皮が足の裏のように厚く、手相は刻んだシワの様にくっきりと色濃く、若い頃は男の子の手の方がぽっちゃりしてたりして(笑)このゴワゴワした手に触れられるのがもう嫌でした。

それなのに社会に出てからというもの、名刺交換から始まって、打ち合わせで資料をお渡ししたり、説明する上で指し示したりと、なんと指の出番の多いこと!
繁々と手の甲を見つめてはや20年(笑)。なので、美しく作りこんだ見映えの女性の年齢当てクイズは得意です。手を見れば大体の年がわかりますからね。男性諸君、手は年齢を隠しませんよ。ご参考まで。

そんな私が先日見つけて衝動買いしたのが、このYubiLAXです。パッケージの女性の手は美しいですね?。
黄色いローラー部分に指一本を挟み、ゴロゴロ転がすと、これがかなり気持ち良ーい!
ユビコロ

唯一この手で有難いのは爪が丈夫なこと。爪切りでバシバシ切っても全く平気で、爪の折れ欠けは人生で数回しかありません。爪でパネルなどのネジをこじ開けるのもへっちゃらです。うーん、ここだけは自慢できますか。

やはりネイルは価格が安いものはダメですね。。。結局使えないので高くつきます。高級だから良いとは限りませんが、良い確率が高いですね。安いのは直ぐ乾燥してしまうので、直ぐ剥げます。めやすとしては800円くらいからで、2,000円を超えると大体は間違いないですね。気に入った色を3ヶ月くらい使って、使い切れる量がちょうど良いかな。

今では週末の夜にビールでも呑みながら、ベースコート→ネイル→トップコートと、じっくり塗りなおすのが習慣となり、休みから仕事への気持ちのリセットにこの作業が一役買っています。
選んだ洋服にピシッと合ったりすると、結構楽しいですよ。

2008年02月06日

私は、外出する時や仕事に出る時は必ずお化粧をしています。どうしてなのか自分でもわかりませんがそうさせる気持ちの何かが私にあるようです。家にいるときと、近所のスーパーに行く時だけが唯一の例外です。とはいってもモトが知れてるというのに加え、傍から見れば「塗っているかどうか判らない」程度らしいので、まぁちょっとした身上みたいなものでしょうか。

ここ数年のメイクは目元にポイントが置かれたものが流行っていて、電車でも何度も何度もマスカラを重ね塗りしている女の子を良く見かけますよね。でも私が一日の大半を見つめ合うのは打ち合わせ時のお客様を除いてはEIZO君(モニター)ですし、めかし込む楽しみも年とともに薄れ結果的に流行のメイクとは縁遠いです。しかし目元強調のための抑えめリップメイクにはちゃっかり便乗しているため、久しく口紅を塗らずにいたら、昨年の冬から東京は本当に乾燥がひどくて。もうガサガサのコナコナです。

昔は口紅は女性性の強調だと言われたりしていましたが、今はどうなんでしょうか。それが本当だとすれば、我ながらもう少し色気が出せるチャンスはなかったのかと人生を振り返りつつ「あーあ」とため息です。しかし生まれ持った土台がこんな程度ですから、悔やんだところで知れてるか、という気持ちでなだめています。

そんなことを漫然と感じていた先日、故あって女性の人物撮影の画像を公開したものを見たところ、なんともくすんだ顔色で背景の色がバッチリかぶっていて驚きました。あまりの顔色の悪さに、てっきり製作者が画像に余計な色補正をしたんだろうと思い込み、素人技術者は使えんなぁとまで思いNGを出し、こちらで再撮影に挑みました。

しかしその再撮画像をアップしても見た目は直らない。撮影角度も日照時間も変えて光も当てたけど、もっさりくすんだ感じが拭えない。もうワンカットはそこそこきてるのになぁとあれこれ悩み・・・問題の写真は、被写体がスッピンなことに気がついたのです。

慌てて手持ちの化粧品でベースを塗りコナをたたいて、血色良く見せるためにチークをポンポン。若くてみずみずしい素肌も肉眼ならではのこと。見違えるように変わる姿を見て、人間は中身が問題であって、過剰な装飾は要らないという気持ちこそ変わりませんが、ありのままが素敵に見えるかというとそうでもないなぁと実感したわけです。

やはり男も女も、キレイさっぱり清潔に健康的に見られることに、決して損はないということですね。
技術者を素人と思い込んだ浅はかさを反省しつつ、しかし人間まだまだ工夫の余地があるのだということを知って、不惑が近づくわが身を励まし、楽しく感じる機会でもありました。

2007年10月25日

私事ですが、10月21日に結婚しました。
当日はすっぴんのままタクシーで母と一緒に9:20に椿山荘入。お化粧も、水おしろいも、心配していたアレルギー反応は無く、一週間前から悪化した首筋のカブレ痕まできれいに消していただき、我ながら「花嫁」に化けました。素敵でしょ?(笑)
化粧と着付けを担当していただいた永本さんはとってもお上手でした。ご指名するならぜひお薦めします。
角隠し
角隠しは、神殿での式が終わるまで着けておくものなのですね。


お天気も快晴で、外に出ると日差しがまぶしいぐらい。当初想像していた紅葉には未だ早い気候で、少し汗ばむ暖かさでした。みんなドレスアップしてきてくれたから、寒いと風邪をひくのではないかと心配していたのですが、布団を着ているような私以外はちょうど良いようでした。
身内と、身内扱いしても失礼に当たらない友人とで、穏やかな、和やかな一日だったように思います。
友人全員と庭園写真
列席の友人一同。「お庭の素敵な椿山荘」を満喫。


披露宴は「食事会」として当初どこかのレストランを借りる予定で考えていましたが、皆の移動も大変だろうということで「美味しい食事とお酒とで、自然と話がはずむ」ことを目指して企画しました。
お料理も鉄板焼で、たくさんあったし、美味しかったそうです。私は帯を締めているので空腹だけれども食事が「腹」に落ちていかない。。。たくさん残してしまい、とっても残念。でも各テーブルに焼き方さんが付いてくれて、列席者はひたすら食べればOK。木春堂、お薦めです。
結婚式と食事会の雰囲気


一人一言を皆さんにお願いしましたが、みんな面白いし話もうまい。性格も出る。
まもなく40代に差し掛かる年頃の結婚式は、若い華やかさが無いけれども、かみしめるうまみがあるという感じでしょうか。出逢いの場としては物足りなかったか。。。

しかし、10歳の姪のスピーチが一番ウケていた。うーむ、ナカナカやるな。将来が怖い。。。


2007年09月20日

先日友人の結婚式へ行ってきました。いくつになっても華々しい場所はわずかの緊張と期待感があるものですが、今回は会場が羽田空港ということもあり、帰省するような気分もちょっと味わえるというオマケつきでした。

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友人は「人前式」での挙式です。概念みたいなものはうっすら承知しておりましたが、詳しい内容は知りません。しかし、人生を共にすることを誓う場に立ち会うというのは、なんとも緊張するものだと思っておりました。しかし、いざ立会ってみると、予想以上にサッパリというか、あっさりした感じで・・・。どうしてこういったことをやるようになったのか?かえって心に残ります。

結婚は成人であれば基本的に当人同士が決めることで、相手に誰を選んでどう結ばれようと当人の自由です。
しかし、恥ずかしながら30歳も過ぎてから知ったことですが「婚姻届や離婚届には、証人2名のサインが必要」です(証人はたぶん親族でもOK)。
自由に決められることではあるものの、いざ手続きの段階で第三者が必要になるというのは、立会う列席者が居ないと成立しない「人前式」と同じです。

個人の自由を当然として許容する現代に、自由に行える婚姻の手続きで第三者のサインが必要だということは、世の中は以外に面倒くさいものなんだぞ、舐めてかかるなよ、と誰かにいわれているような気がします。そして、第三者が居ないと成立しないという、ある意味で不自由な挙式スタイル「人前式」が、自由の精神が行き渡った現代でのブームであるということが、興味深いねじれ現象のように感じます。

思うに「人前式」は、とりわけ「立ち会ってくださった方々の時間と誠意を無駄にしない」という、コトの重みを判っているという前提で行うものなのではないかと思います。また立ち会う人たちも、そのような思いを少なからず持って参列する。親しき仲にも礼儀あり、ではないですが、互いの緊張感があってこそ有機的に成立する儀式ではないでしょうか。

参列した私にはかような緊張感は、あったようで、なかった。そこに今回の拍子抜けした感じの原因があるのかもしれません。

たとえ面倒であっても「やらねばならないことは粛々と行う」べき場面が増えてきました。避けては通れない大人への道として、甘んじて享ける毎日であります。

2007年07月25日

先日、人生で初めて「家同士のご挨拶」を経験しました。
私の故郷にお越しいただいたのですが、数日間の短い滞在でも精一杯楽しんでいただけるように、私なりに頑張りました。

改まった場での所作振る舞いができないと、容赦なく冷たい視線が浴びせられるお年頃になった私ですが、緊張しつつも、一言多いこの性格が災いもせずに、なんとか事なきを得たことに安心しています。

人と時間を共有することは愉しいことですし、そういう時間の使い方に、公私共に一番大きな時間を割いてこれた今までの人生は、結構シアワセ者だなと思っています。もちろん面倒なことも煩わしいことも多々ありますが、遅まきながら自分の人生にもこういうステージがやってきたことに感謝です。

視点を変えれば、うちのスタッフも「アイデアパンチ・ファミリー」の一員です。
小さな舞台ですが活躍できるシーンを作り、共に喜怒哀楽を愉しみたいと思っています。

「愉子」という名前をつけてくれた父の、偶然なる偉大な親心に感謝しています。この気持ちが天まで届けばいいのですが。