2009年07月

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2009年07月31日

ちっとも親しくなくて、名前も知らなかったくらいなのに、とても大好きな料理人の大将がいました。我がアイデアパンチが代々木に事務所を構えた頃からの付き合いで、昼も夜もお世話になっていました。

近年は、週に一度のペースで通っていたので、ちょっとした友人よりも身近な他人。しかも昼も夜もなので、大将の料理で体の一部が作られていると言っても過言ではないくらいの気持ちでした。

年の頃も私と近そうで気安さもあったし、行けば一言ぐらいは言葉を交わすし、一度、前夜のお刺身を「余りなんだけど」と申し訳なさそうに、でもきれいな小皿に盛って、こっそりサービスしてくれたこともありました。昼は定食に必ず茶碗蒸しがついていて。なかなかないんだよね、茶碗蒸しを食べさせてくれるお店って。

ところが、先週は3連休明けで忙しくて、そのお店へランチに行けなかった珍しい1週間でした。しかも社内では乳製品スイーツの企画があって、いつもの料理スタッフと試作することになり「食に携わるプロで、身近で気安く頼みごとができそうな大将に、試食をお願いしてコメントもらおうかな」なんて、さらに珍しい話にまでなっていた。

いざ、事前に打診しておこうと1週間ぶりにランチに訪れたら、大将が居ない。
ここ何週間か様子が妙な気がしたから、よもや辞めたかなんて思ったら、いつもの仲居さんから大将急逝の報に触れました。

7月21日、いつものように仕事を終えて帰宅され就寝したのに、翌朝ご家族が目覚めた時にはもう亡くなっていたそうです。享年42歳。ちょっと調べてみると、40代男性の就寝中の突然死は、突出して多いんだそうです。

昔とてもお世話になった、お得意様であり敬愛する仕事仲間だった故田浦祐二さんも、約7年前、当時40代前半で突然亡くなってしまった。5年ぶりに逢いお酒を酌み交わした翌月のことで、遺された奥様と10代のお嬢様がいらしたはずだが、当時の私は葬儀に参列することで精一杯だった。
事情こそ違うが、私の師匠も吐血して周囲が吃驚している1時間ちょっとの間に亡くなった。突然この世から家族が消えてしまう哀しさを体験した身としては、遺されたご遺族のご心境を思うと、とても他人事とは思えない。

夜は麦とろが美味しくて、お客様を連れて行っては、シメに薦めていました。トマトとモッツアレラの天ぷらは本当に意外な美味しさで。山菜も自分で採りに行ったと聞いたことがあるし、お薦めの刺身はいつも確かだった。あぁ?もっといろいろ感激した料理がたくさんあったのに、いざとなると出てこない。
「あの料理、美味しかったからまた再開してよ」なんて気安く言えるような店、なかったのに。

そこはかとなく上品で、ハズレがない。うす味ながら何気ない余韻を残す、大将の料理。私は本当に大ファンでありました。彼の作ってくれた料理と生き様に合掌。ご冥福をお祈りします。

2009年07月22日

お久しぶりの、お弁当ネタです。
最近は業務の多忙さも多少薄らぎつつありますが、我が社は6月の年度末を終えて第5回目の決算処理に入っています。決算の結果は、社長としての私の通知箋みたいなものです。今期のプランを練るという自由な嬉しさ、期待を含めた楽しさ、そしてコケてはならんぞ、という緊張感が入り混じった日々を過ごしています。

その自由な嬉しさを満喫すると、どうしても外部とのコミュニケーションが活発になるためか、出たり入ったりと慌しい毎日で、お弁当の日の設定が難しいんですね。それでしばらくお休みしていましたが、本日復活しました。

7月22日手作りランチの日
向坊:ごはんの上にのっているのは、アジにカレー粉をつけてやいたもの。ノリ弁ならぬアジ弁です。
飯島:念願の純和風メニュー。焼シャケ、ししとう、卵焼き、いも餅。きゅうりの塩もみと手作りのガリが付け合せです。

我が家の相方がジャガイモ好きなこともあり、某お仕事で作った発表前の「いも餅のいそべ巻き」レシピをお弁当にアレンジしました。昨夜の作りたてはおいしかったけど、お弁当には固くてダメですな。
冷静に考えてみれば当たり前なんですが。皆さんはぜひ作り立てをお楽しみください。

先日友人から焼鳥屋さんで販売している卵焼きをいただき、さっそく家で大根おろしと共に味わいました。なんというか、、、、完成度の高さを実感。

私はお弁当のたびにほぼ毎回「だし巻き卵」を焼いていますが、毎回確実に味が違います(笑)
ここ最近は週末にかつお出汁を自分で引いていますが、もともとが「うす味志向」なこともあり。出汁巻き卵には、ほんとうに、いろいろ言いたい事があるんですが(笑)とにかくこなれた一定の味毎回出すのが、本当にホントーに、難しいんですよね。。
今回は、そのとき食べた味を意識的に再現してみました。味を濃くしたので、大きく作って薄切りに。
でもお弁当の卵焼きってこのくらいの量でいいのかもしれないな?

2009年07月21日

子供のころ「夕方」というものは、数少ないハッキリと「嫌い」と断言できるものだったと思います。
夕方一人で家に居て、リビングは自分が動かない限り、ものの気配すらしない静寂の中、レースのカーテン越しに手稲山に落ちる夕陽を見るのは、それだけで泣けてくるほど寂しくてもう大嫌いだったと記憶してます。

ところが、東京に出てきて、夕陽のあまりの美しさにビックリ仰天したものです。
大気が汚いとまだらがきれいに出るとか聞いたような気がしますが、もうとにかく鮮やかなオレンジにウロコ柄の雲。うっとりと眺めて思わず立ち止まるほど東京の夕焼けは美しいんですね?。

という事を思い出させるような、鮮やかな虹を見ました。写真に納められなかったのが残念ですが、見事にアーチを描き、190度ぐらいの途切れない、クッキリ円の虹!でした。
新宿方面の虹

東京に来て間もない頃、ひっそりと暮らしていた小さなアパートに、静寂と夕焼けがやってきた週末を思い出します。
杉並区は確か17時の合図に「夕焼け小焼け」の鐘の音が一斉に響き渡ります。窓から外の夕陽を眺めながら、室内は薄暗くなっていることにハッと気づき、夕飯のしたくの手を止めてその静けさを味わう瞬間。

大人になってからもこの時間はやっぱり寂しく、うっすらと涙もつたう瞬間だったけれど、子供のころのように嫌うことはなくなりました。これは大人になったということなのか、普通はみんななんとも思わないのか。そうして豆腐屋さんのラッパが聞こえてくると、ハッと我に返って財布を掴み、つっかけを履いてダッシュしていたなぁ(笑)

東京の面白さは商店街にありますよね。私も今のところへ越して2年、やはり地元が枯れて寂しくなってしまうと、不動産価値もさぞかし落ちようと思いまして、わずかながら野菜とお肉、お魚あたりは地元商店街で調達しています。
おっと、これはまた別のネタで掘り下げるとしましょう。

最近のヒットの中にいただきものの最中(もなか)がありました。
新橋では有名な「切腹最中」。腹を切ったようにぱっかりと口が開いた最中のなかに、おいしい餡がたっぷりと詰まっていて、さらに餡の中には大きな求肥のお餅が。一口目、甘めあっさりの餡でホッと安心し、二口目にがぶりと進むともっちりした求肥が出てきて、この素敵な工夫のおかげでぺロリと1個食べられます。

切腹最中
しかし、この切れた腹から白い「身」が出てくると、どうも餡だけに暗にメタボの腹を連想してしまう・・・このあたり、もしかしたらブラックなひと味なのかもしれません。
とはいえ、名前の面白さだけでは続かない「味の確かさ」を感じた最中でありました。

あ、これは新橋エリアに移転したチームアイデアパンチ、スタッフからの差し入れで、横にある「運気上昇最中」に引っ掛けて商売繁盛を祈願してお持ちくださったものです。
決して切腹させるようなお詫びの一品ではありませんので、念のため。

そんな折、我が家ではお盆の手土産に何を持っていこうかという恒例の御土産トークに。
なんでもその昔、どっちの料理ショーに参加したとかしないとか、という噂の「最中の皮」屋さんを見つけてきた我が相棒。最中の皮と一緒に販売している餡を買えば、「たねや」のふくみ天秤よろしくパリパリ皮の最中が自宅で食べられるのだ!とテンションはかなり高く、お試しに買いに行ってもらう。

ふくかえる最中
中に餡が挟んである重みで自立してるのですが・・・、この、なんの芸も無い写真を許しておくれやす。

これがまた、ほんのちょっぴり甘めなのだけれど、素朴な味に加えて当然ながら皮がうまい。和菓子屋さんへ卸している皮屋さんのようですが、もち米のパリッとした中に、しっとりと口から離れるうまさ。

最中の皮って、口が乾燥してると、噛んだら皮がぺたぺたと唇にくっついてくるのありますよね?あと、サクッと一口かじった瞬間、バラバラに大破してしまう皮や、ゲホっと咳き込むと空に舞う皮とか・・・(まぁそういうのはお安かったり古かったりするんでしょうけれども)

とにかく最中の皮というのは味の大きな決め手なのにもかかわらず、つい餡へ気持ちがいってしまうのはなぜか。と改めて考えざるを得ないぐらいに、餡と調和した「おいしい皮」でした。

お試しあれ。

2009年07月03日

急逝後、毎日のようにマイケルジャクソンの話題が報道されていて、つい気になります。
彼の活躍のピークはバブルの80年代と重なっていて、当時の私はまだ洋楽なんぞ縁の無い「部活女子」でしたから、憧れも親近感も欠片もありません。大人になってから「ウィズ」を観て「なんでこの人、こんな仕事請けたんだろ?」と思った程度のものです。

後年の整形による崩れた顔と真っ白な肌がとても奇妙で、天才や神様というよりは、キテレツな変人という印象の方が強かったのは私だけではないでしょう。ましてや、真っ白になってからは歌ったり踊ったりしている姿を見ていないせいもあって、カッコいいと思うような対象ではそもそもなかったし、子供への偏愛などのゴシップ記事が、いっそう変人くさくて、何が凄いんだか、という感じでした。

しかも私は青春時代にマルコムXの大ファンになり、彼の自伝を穴が開くほど読み、その他の関連書籍を読み漁ることで黒人を含む人種差別の苦労などを聞きかじった気分になっていたし、そういった運命の彼らに、深い尊敬と同情の念を持っていたので、安易に白人化を好んだように見えたマイケルは、本当に変なキモいオッサン、という感じで横目にみていたと思います。


ところが、遺言状の公開をみてぶったまげました。なんと、ダイアナ・ロスですよ。
遺した我が子の面倒は、自分の母か、ダイアナへ。これはどう考えても“キモい変人のオッサンの思いつき”ではないぞ、と。
子育てや教育には体力、気力、財力、知力、いろいろ必要でしょう。妻と離婚しているのであれば、自分が居ない場合の想定として母親へ託すのは男として自然なことのように思います。その母に不測の事態があった場合に、ダイアナ。。。

しかも一連の報道で、マイケルの度重なる整形や白人化は、虐待した父への復讐だの、反骨だの、老醜により親と同じ顔になることがトラウマだったからだの、といった内容を目にして、もう充分に悲劇的です。そうしたら、さらに三人の子供は、やれ仮腹だの精子バンクだので、遺伝的血縁関係が全くない可能性もあるという報道もあり、、、一体どこまでビックリすりゃあいいんですか、マイケルさん。

もし報道が事実であれば、そこまで手の込んだ方法は、もはや血筋が解らない子供であることは彼の意図であったでしょう。奇妙な顔に作り変えていく一方で、そうまでして彼が子供を欲したことに深淵を感じるのです。
そして、その子供たちがせめて大人になるまでの道筋について遺言を残す、、、そこにある「愛」を考えると、彼の子育ては決して“金持ちの道楽”ではなかったんだなぁと感じてしまう。

ロンドン公演のリハーサルで、自分もまだ歌って踊れることをマイケル自身が喜んでいたといいます。ニュースでリハ映像の一部を見て、あんな顔のままなのに「あれ。ちょっとカッコ良いかも」と見えてしまった私に我ながら驚きました。
でも、その姿はもう見られないのかと思うと、今さらながら、改めて、本当に惜しい人を亡くしてしまったんだなぁと思う日々です。遠くニッポンから、袖摺り合うコトすらなかった彼へ、精一杯の深い哀悼の意を表します。

7月に入りました。どさん子としては「短い夏が始まったぞ!」という気分なのですが、東京はどっぷり梅雨ですね。今年は割とオーソドックスな展開で梅雨も終盤かなと思わせる天候です。

先日、わが事務所のボロ机を叩き捨てて、新しい棚を組んで空間を区切ったせいか、風通しが良くなりました。2年ぶりにご来社いただいた某スタッフさんも、大分印象が変わったとのことで「しっくりと馴染んだアイデアパンチの空間が出来上がっている」と社内を褒めてくれました。これが「5年」ってことですかね。短くとも有難い時間です。

さて、保冷材も冷蔵庫も使わずに我が社のランチ日は続いております。今日は私、直行だったのですが見るからにお弁当をぶら下げて行くわけにもゆかず、結構重かった・・・・。
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向坊:久しぶりに卵焼き復活!しかし巻きテクを忘れてしまい、初期の厚焼き玉子に逆戻りです…
飯島:お料理本から前夜のカレーを薄焼き卵で巻くアイデアを拝借。でも薄味でイマイチ、パルメザンをふって食べました。(向坊曰く「ごはんみっちりで“いかめし”みたい」)

料理は、センスと慣れが大きいと思います。
日々コツコツやることが大事なんだなとしみじみ感じたお弁当日でありました。