求人情報規制のいかがわしさ

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求人情報規制のいかがわしさ

私が社会に出たのがちょうど1990年。まだ僅かな社会人経験だと日々悩むことだらけですが、しかし、社会に出た当時と現在を比べれば、実に隔世の感です。やっぱり20年弱ともなると時代が移り変わるほど長いのかな。

ですから、日々の活動を通しても、いろいろなところで違いを感じない日はありません。でもこれを思い流してしまうのも惜しい気がするので、ブログに書いてみようかなと思います。今回は大分前に思ったことですが、最近の求人情報について。

まだ男女雇用機会均等法が跋扈(?)していない昔は、求人情報に年齢と性別が明記されているのは当たり前でした。性別も世代(年齢)も、区別の一つですし、当然のように学歴の制限もありました。でもそれは採用側の希望としては当たり前のことで、雇用機会の逸失、のような考え方はありませんでしたね。


専門知識や学力に一定のラインを設けるのもおかしなことでは無いはずです。それに満たない能力を持った人が背伸びをして入社できたところで、後についていけなくなってしまえば本人が不幸です。また中身を見抜けなかった面接官も役立たずのレッテルを貼られたものです。
私も若かりし頃、場違いなコンサル会社に応募したことがあります。返事も来ませんでしたが・・・、まぁ怒る気にもなりませんでした。

また場違いといえば、場違いなくらい優秀な人材が社内にいたら「あいつを面接したのオレだよ」って何年も自慢するオジサンが周りに居ませんでしたか?これはその逆転版ですね。

企業側も身の程知らずに高飛車な求人条件を出しても、賢い人は見抜きますから、誰も入社してくれない・・・なんてことも普通にありました。管理職の人が「社長、応募が来ないから大卒限定を外しましょうよ。だってウチみんな高卒じゃないですかー、社長も。」なぁんてことも普通にありました。


男・女も区別の一つ。男性にも女性にも、会社の構成員としての付帯業務があって当たり前でした。男性には運転があったり荷物運びがあったり、女性にはお茶くみがあったり、電話応対があったり。一定のルールを決めて当番制の会社だってありましたし、それらも含めて社風だったりしますよね。
事務の女性が結婚で辞めるとなれば替わりの女性を雇いたいと思うのも普通でしょう。

年代もそう。おじいちゃんばかりだと活気が無いし、若年層ばかりでは引き締めが弱いから、バランスをとろうとする組織はむしろ自然ですよね。宴会を仕切ってくれるような若者もいれば、筆耕を頼めるおじさんが当たり前に居たわけです。

経営の立場になったから思うわけではありませんが「条件なし=自由」でしょうか。
今は、男・女はもちろん、年齢も希望してはいけません。経験については忘れたけど。
しかし社長より年上の未経験者を雇う会社は殆どないんだから、応募させるだけ気の毒だと思うのがむしろ人情だと思うんですけどね。
これが果たして本当に平等な社会なのかなってつくづく思います。

ついでに。面接で聞いてはいけないこともいろいろあるんです。家族構成もNGです。
お陰で、聞かれる側にも想像力が無くなりましたね。面接の場で、カノジョの好きな映画を聞かされたこともありますよ。普通の大人はバカバカしいと思うでしょ。


社会に出て仕事をするということは、面接の場で聞かれた嫌な思いよりもっともっと過酷です。嫌なことを聞かれたことは自分も過去にありますが「入社する前に感じの悪い面接官だとわかって良かったわ」と思うぐらいの強さが欲しいですね。もちろん採用側にデリカシーは必要ですよ。ウチはそう思っています。面接官にモラルは必要。必要以外に漏らさない配慮が肝心なことも道理で判ります。

今は個人情報保護の問題もあって、住所録というものがなくなり、隣で働いている社員がどこらへんに住んでるのか、本人に直接尋ねないと解らないんですって。出先で解散しても、どこに帰るか知らない。そんなバカな話があるかと思うのですが、子供の学校の連絡網もそうらしいですね。

そんな世の中にすっかりなっちまったようで、なんともです。

最近は昭和ブームらしくノスタルジーとかなんとか言いながら懐かしいものが流行っているそうですが、確かにあの時代は時間の流れもゆったりしてたし、自由なところもありましたが。その分、今よりもモラルを守ろうという気持ちや、秩序が個々にしっかりありました。電車ではしゃいでたら怒鳴られたし、人にぶつかれば謝るのが当たり前だったからこその自由だったんですけどね。

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