2008年06月

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2008年06月23日

最近このテのフレーズの多いことに胸が痛みます。少なくとも数年前には未だ「誰でもいい」ということは、口にしにくい表現のひとつで、周りの目をはばかる表現だったと思うのに・・・。

どうしてこうなるのか、勝手に考えてみた。
ちょっと推敲しないで書いてみます。
思うに。
この人の周りには「誰でもいい」ことしかなかったのではないだろうか。
仕事も、人付き合いも、友人も恋人も、もしかしたら家族も。
「あんたじゃなくてもいいんだけど」ってことにどっぷり、めいいっぱい浸っていて、それが当たり前の毎日で、何日も何年も繰り返していると、世の中には「誰でもいい」以外の選択肢があるということを無意識のうちに忘れて行ってしまったのではないか。

「誰でもいい」の対極が「君ならでは」だとすれば、そういう評価を得るのは決して楽なことではない。わずかでも秀でたと思われるところを探し、無理をしてでもポジティブ思考し、育てる努力をする。これは本当に何年もかかる、辛くて長い道のり。
極論だろうか。

努力を放棄するのは実に簡単。あっという間に「誰でもいい」世界へ転がり落ちてしまう。若い人には人生を前向きに考えて欲しいし、そういう社会であるべきだ。
そして、手っ取り早くラクな道を選んではいけない、そこに落ちてはいけない、踏ん張らねばならないと教えなくては。

派遣社員は、そもそもが「その日、そこに来てくれれば誰でもいい」という考えが根底にあるもので、企業はそのつもりで人員充足を依頼する。働く方も「勝手に休んでも、代わりが行けばそれでいい」ことに慣れてしまう。誰も気にしない、居なくても気に留めない、そういったことが積み重なったとすれば、感覚は麻痺していくと思う。

会社を経営すると、いろんな若者と出会う機会に恵まれ、いろいろな家庭環境を垣間見ることが多くなった。自分がどこに立って、誰に愛されて今に至ってきたか。そもそもの自信がつくように大人は子供を愛し、それを教えるべきじゃないか。

人間の根っこはそこにあるような気がしてならない。

アイデアパンチは周囲とどんどん「君ならでは」の関係を作れる環境として存在できたらいいと思う。

2008年06月18日

くだらないという批判はある意味納得がいくけれども、中には面白いものもあるお笑い番組。疲れて帰宅した後に手っ取り早く仕事頭から切り替えるために、これが結構役に立つんですよ。
なので、最近のお気に入りをちょっと紹介。

初めて見たとき、コピー機の中の紙だかを演じていて感動したのが「禅」。出てたら家の中を走ってTVかぶりつきで見ます。ヒゲのひと面白いですよね。左の人(イーグルというらしい)は小泉孝太郎と原口あきまさに似てますよね。ということはあの二人は似ているのか。超新塾というグループの一部と最近知りました。

外部スタッフにそっくりさんがいるのが「アントキの猪木」。元気ですかー?という声をテレビで聞くたびに画面に食い入り、ずーっと誰かに似ているとにらんでいたのだが・・・ひらめいた瞬間のあの嬉しさといったら!それはもう、小躍り♪この喜びはうちの社員しかわかってくれませんでしたけどね。

オジサンたちに名前をクイズにされていたのが「髭男爵」。ルネッサ~ンス!よりも、お金が足りないといったネタのときの「がんばれや~い。」を聞くと、温かい気持ちでしみじみきます。先日山田ルイ53世が炊飯器でハンバーグを作っていたが結構マメな人そうで驚きです。下宿らしき部屋はボロかったけど、汚い感じがしなくて、何よりぽっちゃり手が案外清潔そうだったような。こういう人は、うまくいけばモテそうなのだ。

今東京では劇団四季の「ウィキッド」のCMが流れているが、これがまたツボで、大変たいへん気の毒なのだが、演者の歌が「大西ライオンのよう」なのだ。彼は「ライオンキング」をたった一度しか見てないとコメントしていたけど・・・いろんな場面を演じていているようで、記憶力のいい人なのかしらね。(見ているコッチは、演目がライオンキングだったかどうかも覚えていない。芸風が同じということですね。どう見ても同じか。)

ビビる大木は“爪を隠した鷹”だとずっと思っていて、チンパンジーの「吹き替え」のころには、やっとブレイクだと思っていたんですが、なんだかそうでもなさそうだな~ぁ。ざんねん。。。

2008年06月09日

社会に出てから職場を移りつつも持ち歩いていたマイグッズ3点は「灰皿」「ボールペン」「電卓」であり、三種の神器とひそかに呼んで愛用していました。
全て何度も代替わりしてしまい、今では自宅に当時の古い電卓があったかどうか・・・ぐらいのものだけれども、かなり最近までこの3点は不動のアイテムでありました。

まずは灰皿。愛用していたのはガラス製のタルト皿で、今も事務所においてあります。しかし、2000年から喫煙可のオフィスに所属していないため、出番がめっきり減りました。さらに花粉症や食物アレルギーになったのをきっかけにタバコとは距離を置いたため、最近はさらに出番がありません。

ボールペンは、ノック式で替え芯の「Dr.グリップ」です。この書きやすさは当時別格!私は筆圧が高い上に字がデカイので、見積書や請求書に細かい字が力強く書けるこのボールペンが大好きでした。
今は複写式のものに記入することがなくなって、ボールペン自体の出番が減りました。
特に芯を変えたばかりの時、ペン先のゴム玉みたいなのをポチっと外して使い始めるのが好きでしたね。

そして電卓。
これは慣れたものを使うほどに手が勝手に動いて早く打てるようになるんですよね。私は昔から見積はエクセルだったので、基本的には試算や検算に電卓を使っていました。あとは製作物の拡大・縮小率の計算などかしら。
合計額はモチロン、仕入れに対する掛け率は何度も何度も何度も計算しますし、時には掛け算より割り算の方が同じ式でも値が違うぞなんて発見があったり、単価と数量の推移を見たりと、数字に弱い私にはありがたい味方でした。
しかも目標を何年も達成していくと、ゲンが良いからパートナーとしても変えられなくなるんですよね。

初代の電卓は10年以上使っていて、この電卓の左の黒いのが2代目で、右がこれから使う3代目です。
2代目を良く見てください。私も購入してから気づいたのですが、なんとキーの印刷がずれているんですよね!普通に札幌のヨドバシカメラで購入したものなんですよ。
ズレてる電卓

こんなことあるのか~と思いつつ、話題にもなるし面白いかもと使っていましたが、どんなにこだわりがあろうとも、どうやらこの微妙な配置間違えに指がつられて間違えてタッチしたりするようで、3年くらいは使ったように記憶していますが、ついに新しいのを買ってしまいました。

しかし捨てるのもなんだか惜しい気がして、迷いに迷って、ウチのスタッフにプレゼントしました!(気の毒に・・・)。
これで拡大・縮小も迷わずOKさ!

2008年06月03日

私が、自分で使うものを買う時の、そのこだわりには並々ならぬものがあります。
数少ない身内の数名しか知らないことですが、見つかるまでトコトン探し、納得がいかないと買いません。
良いモノとの出会いは「いかに足を使ったかに限る」とまで断言できるのです。
そして、一度気に入ったものは治して使う、代替わりを買う、万が一治せなくても捨てられません。

手っ取り早く手に入れたものは飽きるのも早いし、「モノを捨てる」にはもったいないという躊躇が訪れます。しかも捨てるのにお金や手間がかかる時代となっては、おちおち無駄なものも買っていられません。

ですから、欲しいなぁと思い始めてからはや数年、というものもしばしば。
電車に乗って同じ店の別店舗へ行くことなんか“当たり前”くらいな気持ち。
お陰で、どういうものはどういう店で扱っているのか、かなり頭を使って考える習慣がつきました。
今の商売に役立っていますね。

ちなみに、いただいたものは無意識のうちにこの発想に含まれません。ちまちまと永年使うタイプです。

さて、欲しいものに対するこだわりポイントは、まずは何よりも使い勝手。
ボタンよりファスナー、ここにポケット、開く向きはコッチ、ここにホルダー、厚みはこのくらい、などなど。
それから素材。この手触り、この材質。汚れにくい、軽い、指紋がつきにくい、など。
そして色や発色。材質に合った色味か、発色は、日常に・私の生活になじむか。
このあたりをクリアして、できれば個性的なデザインで、個性的な具合が自分っぽい(ここがポイント)モノであれば、迷わず(?)買います。

それだけこだわって探すせいか、たくさんの条件をクリアしてきたものに出会っても、最後のどれかの要素が納得がいかないばっかりに、本当に目の前のこの商品が欲しいのに・・・と思いながら買えず、泣く泣く諦めることもあります。
我ながらバカげてると思うことすらありますが、最後の決断が沸いてこないのです。

その中でも最たる“私らしい”納得の行かない理由は「店頭に展示されていたもの」です。つまり展示品。これは価格のいかんを問わず必須でして、どーんなに気に入ったものでも、展示品で人の指紋や折り目、薄汚れなどがあるものは即ダメです。それが判ったとたんに「商品」でなくなるんですね。
これはどうやら遺伝のようで、、、だから「新古品」というのも、なじみにくい場合が多いですね~。

買いたい自分がさんざんいじくりまわした店頭サンプルは、同じようにどこの誰が触ったとも限らず、それが何よりもイヤなんですよね。勝手なのは重々承知で、精算するときは必ず「これをいただきたいのですが、新しいのはありますか?」と尋ねます。
最近では私の質問の意図が判らない店員さんも増えましたが。

このこだわりのお陰で通信販売やネットショッピングには全く縁のない人生です。
「本物を見ずに、手にも取らずに買ってしまうなんて・・・」という心境なのです。

しかし、この「トコトンこだわって、サッとあきらめる」・・・このバランスを自分で愉しんでもいますが、この具合がどうにも仕事に向いているような気がします。いや、仕事が私を“こだわる人間”にさせたのかもしれません。

でも周囲にとってはきっと判りにくくてメーワクな人だろうなぁ~。