2008年05月

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2008年05月30日

上京してまる10年。今年は11週目を走っています。あっとゆう間です本当に。

もともと扁桃腺が腫れやすいので風邪はよくひきます。しかも10年間の一人暮らしの不摂生がたたり、いつしか季節の移り変わりとともに毎回寝込むほどの風邪ひき体質になってしまいました。
その上、花粉症デビュー、食べ物アレルギーデビューを経て、不健康には本当に自信があります。

しかしこんな私でも、会社を興してからというもの、風邪罹患率が激減したのです。
おそらく
1:サラリーマンのストレスから開放された
2:設立時は一人っきり。物理的に人と接する機会が減った。
3:アレルギー症になって、風邪の諸症状との区別がわからず気づきにくくなった。
(オマケ 4:ちょうど週末に風邪を引いていて外出や仕事に影響が無かった)
ということが考えられますが、実は自分でも驚くほどに「1」の影響が大きかったです。実感できてましたからね。

そうこうしているうちに弊社も丸4年。4月から念願の3人体制になりました。みんな慣れるまでチョッピリ緊張の日々でしたが、さすがに2ヶ月も経つと少しは気持ちに余裕が出てきたように思います。
加えて、4月前後に重なった納品台風の一過でホッとひといき。
暑い日と寒い日の繰り返しで汗をかいたり肌寒かったり。
ウチのゴハンが増えて、なんだかんだとよく呑んでいる。

そう。
疲れがたまったところで、気が緩んだんでしょうね~。「体調管理も仕事のうち」なのですが、情けないもので、ダラ熱とクシャミ鼻水、咳、頭痛と続き、声もガラガラ。
ついに会社を休んでしまいました。
他のスタッフにうつしてはいけないからというのも大きかったのですが(→ホントよ)。

自宅で薬をのみながらベッドにごろん。太陽光であたりまえに明るい室内で、天井を眺めながらしみじみと考えてみる。「いったい何年ぶりに仕事を休んだかな?」
最後は覚えてないけれど、少なく見積もっても4年ぶりぐらいにはなりそうだ。
しかも会社は通常通りに営業していて、私の居ないところでスタッフが業務を回してくれている。。。お客様や外部のスタッフのみんなが、私の体調を気遣って一言くれる。

しみじみ。。。
ありがたいな~。
こんな安心感は久しぶりかもしれません。。。

これはもしかしたら4年間頑張ってきたご褒美なのかも、と思えてきて、心豊かな療養日になりました。

6月の年度末に向けて今期の数字も見えてきました。
緩やかな上り坂を、程よい負荷で登っていっている感じがしています。

2008年05月01日

茶道の言葉で一期一会ののちの心得なんだそうですが、意味は「お客様が帰られたあとでもなおかつお客様の満足について考えていること」だそうで、ひいては「常に向上心を持ち前向きな人生を送るべきための心得」なんだそうです。

いいなぁ、いいなぁ。素敵だなぁ~。私はこうやって仕事をこなしていきたい!
ソレとわかる配慮は野暮ったいけれど、考えつくしたものに含まれる細やかな煌きは放っていたい。そういう大人の女性になりたいなぁと思っています。

私は「八百万(やおよろず)の神」という考えがとても気に入っています。ここで解説するほど神道を理解していないので掘り下げませんが、あくまでも素人考えとして、自然や自然現象などの全てのものに神が宿っているということは直感的に信用しています。

生物は、摂取と消費の繰り返しを常に行っていて、そこに費やすのが「時間」かなと捉えています。そして、生物達の集合が他に与える影響が重なりあって「環境」となり、複合要素により「バランス」が生まれ、常に偏りをなくし均等(調和)に向かうために変化が起きる・・・それが「社会」なのかなと(漠然としてますが)感じていて、そこには八百万の神の“未知なる意図”があってもいいよなと思うのです。

まだ20歳になる前に、当時通っていた学校の制度にのってカナダの美術学校へ留学させてもらったことがあります。そこでシルクスクリーンやタイポグラフィ、2Dデザインなどの授業を選択しましたが、講義や資料、道具が全て英語だし(生活全てが英語だから当たり前)、元々センスは2.5流。不器用だし、しかも飽きっぽい性格が混ざり合って、作品は帰国とともに捨て去るぐらいひどいものでした。

しかしこんな私でもひとたび作品を提出すると、実に繊細だ!と褒められました。(他に褒めようがなかったのもありますが。。。)
ホームスティ先でも、静かだしモノを壊さないし、キレイに暮らしてくれるから日本人は大好き!という人が多かったのも納得できます。

日本人の繊細さは外国でも有名。その感性のどこかに、空気をつかむような共通した配慮があるのではないかと思います。
昨今の「KY」も(“空気を読める”のもKYなのにヘンよね)わざわざ隠語にすることないじゃん、だって空気を読めない人のコトなのに、と思うのですが、そこに日本人の繊細さを感じ取ってしまいます。

まだまだ、ニッポンも捨てたもんじゃないのかな・・・と思いますね!