2008年04月

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2008年04月29日

あまりにブログを更新しないとどうしたのかという一言をいただくので、ありがたさ半分、ちょっと恐縮半分で、たまにはオチのないこともタラタラと書いてみようかなと思います。

人は生きていくために食べなければならなくて、そのためには食べるためのお金が必要なんだと思います。もちろん、生きるうえで必要なことはお金だけではないけれども。

生きる楽しさのホンの一部であったとしても、その喜びを仕事に投影できる環境は幸せだと思う。
みんな生きてるからには、誰かの役に立ちたいと思うはずだし。

私は若い頃、本当にいろんな先輩の背中を見て、思いを語り合い、バカげた若者の主張に耳を貸してもらいながら、それを仕事に投影する機会に恵まれたと思う。それが全てだとは思わないけれど、やっぱり人の役に立ちたいと思うし、会社を起こした今となっては、社会のきれっぱしにでも役に立ちたいと思う。
そんな話をしていた仲間の中にも、もうこの世にいない人もいて、その時の思いを考えると、残された私にやらなければならないことは本当に大きいように思えて、押しつぶされそうになることもあります。

仕事の厳しさや、先達の優しさに触れるたびに、昔先輩に言われたことを思い出します。
仕事を教えてくれた人、教えてくれたクライアント、お世話になった外注さん・・・いろんな立場の人がいろんなことを話してくれた、それがありがたいと思うならば、その感謝の気持ちは、これから出会う私の後輩達に伝えてあげてほしいと。
感謝の気持ちは、くれた人ではなく、下に続く人たちに伝えなさいと。

先日、気心が知れた仲間と後輩たちとで酒を飲んだが、その仲間はウチのスタッフにいいことを言ってくれた。「仕事はひとのためにやりなさい」と。

先日、ラジオで養老孟司先生が「仕事は社会の預かりものである」と話していました。

今は、自分の小さな力が社会のための何かに役立てばいいと願っています。
私一人の存在はとてもちっぽけだけれど、願わくば、私と仕事を共にするスタッフの皆が、そう思う気持ちを一つにできれば、もっと大きなクリエイティブができるように思っています。

そう遠くない、楽しい将来を目指して、今はできることを一生懸命やろうと思います。
アイデアパンチももうすぐ4周年。新しい仲間も加わりながら、いいスタッフに恵まれて、着々と進化しています。

皆様、どうぞこれからのアイデアパンチにご期待くださいませね。

2008年04月16日

毎日山のような売り込みメールが届きます。単なる配信メールであて先を差し込んだようなものは全く心に響かないため大抵が放置されて終わりです。しかし、つまらないビジネスメールの中にオヤッ?と思うようなものもあります。

私が好きな「いい人そうだなぁ」と思えるメールは、未だ見ぬ相手への緊張感があり、ささやかな敬意が表されてるもの。要点がわかりやすく、簡潔にまとめてあるもの。たとえ大量送信文であっても、文末に個別の一文が添えてあるもの。特に弊社のお問い合わせフォームにはサイトの感想を尋ねていますが(もちろん必須からは外してあります)、たとえお世辞でも一言がある人には、お礼の一言だけでも返信したくなります。

弊社の外部スタッフにも、お問い合わせメールがキッカケになっている人が結構多いです。肝心の売り込み内容に用が無い場合は、どんなに「いい人そう」でも、残念ながら放置となりますが、そういうケースは、実は結構後ろめたい気持ちにかられていたりするものです(私は)。

思うに、文章には人間性が宿ります。ひらたく言えば“行間の印象”でしょうか。
これはもちろん「何行アケ」ということではなくて、言葉にならない部分のこと。文脈はもちろん、言葉の選び方、息継ぎのリズムにそった句読点、濁音の使い方。読み手の気持ちや状況を想像する力。それらの全体が書いている人の人間性を想像させてくれるんですね。
ちょっとしたお詫びの一言でも「すいません」と「すみません」とでは文字に込められた重さが違う。それは読む側に届く想いも異なってくると私は思います。

たかが文章といえばそれまで。実際の人間性を問わなくてもテクニックで得られる印象は大きいでしょう。しかしとても上手で印象的な文章でも、キメの熟語が変換ミスっていたり、素敵なフレーズが使いまわしだったりすると、読んでいるこっちが赤面です。これなら読まないほうがマシだったと思うことすらあります。

メールは、受け取る側には個別の私信として届くもの。コミュニケーションを仕事としている私たちにとって、計算ずくでもいい、万全の配慮をしたいものですね。

メールについては、他にも色々感じることがあるので、折を見てテーマにしていきます。